ミルクコーヒー
年に一回の贅沢だからと、街外れにできたばかりの、郊外型の大きな、喫茶店だろうかレストランだろうかに、妻に誘われて連れていかれたのは、考えてみたらもう1年も前のことになる。
パンケーキのおいしい店だった記憶がある。かなり大きなパンケーキを出す店だった。
「このお店は並ばないと食べれないんだから」と得意げに面倒なことを妻が言った記憶がある。実際行ってみたら、11時で行列ができていた。閉口しながらも、文句を言わずに列に連なった。
店内は某ハンバーグ店みたいな粗野な作りで、それでいてこじんまりとしている。どこかテーマパーク染みた装丁のお店だった。
ジョッキみたいな大きなミルクコーヒーを出すお店で、僕は正直を言うと、コーヒー牛乳はあまり得意ではなかったから少しだけ困ったものだった。
得意ではないというのは、すぐにお腹を悪くしてしまうのである。悪くするとトイレに駆け込むこともある。牛乳があれなのか、コーヒーのカフェインがよくないのか一寸わからないが、事実、あまり得意ではないのだった。
頼まなければいいのだが、みんなが呑んでいると不思議なことに、うまそうにみえて仕方がない。当然、頼みました。お腹のことはすっかり忘れてしまって。
帰り際、おいしかったねと大きなパンケーキを二人で平らげて、満足した妻が言った。そうだねと相槌を打つ。その帰り道に、ミルクコーヒーはたたらなかった。ただ、なんとなく幸せだなという気持ちが事実として残った。
ミルクが悪くなければ、コーヒーも悪くない。きっと場所と空気と気分が悪い時が、悪い時。わかったようなわからないようなことを言ったあの日は、すでに去年の初夏のことになっている。
パンケーキと妻の笑顔を思い出す。そして、大きなジョッキに入ったミルクコーヒーも、いつもと同じ味だった気がするけれども。
終わり
メロンパン
「洗濯はちゃんとしておいてね。仕事を休むんだからそれくらいはね」
いそいそと妻が玄関先でスニーカーを履く手を動かしながら、そんなことを言った。
「じゃぁ、行ってくる」
とだけ言い残し仕事へ向かった。
僕はさっきから持ちっぱなしの古い月刊誌を片手に、リビングへ戻る。
愛犬が先にソファで横になっている。それを押しのけて、すっかり遅くなってしまった朝食を食べる。
乾いたパンをコーヒーで飲み込んで、テレビを点けて、やっぱり消した。
パソコンのスイッチをいれて、何か書こうかと頭をひねるが、何も浮かばない。
本当なら今日は仕事が入っている。さぼったのかなぁ、と呟いても犬が不思議そうな顔をするばかりだった。
言われた洗濯はなかなか手をつけなかった。やるよやるよと昨晩、妥協したものの、実際、辛そうに口を一杯に開けている洗濯機を見ると、ちょっと気力が失せてしまう。
そんなことをしながらキーボードをたたく。
ほんとうなら書くことはたくさんある気がする。
いいんだ、なんでもないことでいいんだと言い聞かせながら、キーと向き合ってみるけど、実際はなかなか進まなかった。だめだな。呟く。子犬はあくびをしている。
ふっと首をかしげて窓の外をみつめる。
春だというのに、空はどんよりとしていて、なかなか春らしくなかった。ふぅんと一人ごち。
「仕事へ行かないのは単なるさぼり」と言われて反論もできなかった。その通りだもの。いいんだ、家事するから。と開き直ってみても、どうにも恰好が悪い気がして仕方ない。
そんなことをぼんやりと考えていたら、いつの間にか、CDも一周が終わって10時になろうとしている。ご飯を買いに行こうと、だらしなさを忘れるように決めてみる。
妻が働いて旦那はぼんやりさん。そういえば、自分の父も仕事をしない人だったことを思い出す。
働いてたのはいつも母のほうだった。自分がそんな関係を憎んで父をなじったこともあった。父はただ聞いているだけだった。家庭はそんな時は騒然として、いつ崩壊してもおかしくない空気を醸し出していた。そして時間は進み、家庭が崩壊した。自分のせいじゃないと言い聞かせながら、そのころの話は、誰にもできない。家族の中でもタブーみたいになっている。自分が悪かったのか、そうではないのか。
それから数年して、自分が父と同じ道を歩こうとしている事実を、少しずつ感じ始めている。父とは違う。誰もがそう思うかもしれない。そしてもしかしたら、そう思っているのは自分だけかもしれない。それはわからないことだ。ただいえるのは、血は巡り、運命もまた輪廻するかもしれないということだった。そんな父の現実をみながら育った自分にはいつの間にか、そういう姿もあるのだと身に染みてしまっているのかもしれない。
買い物へ向かう途中、昼休みの妻とメールをしていた。
「おやつはメロンパンがいいな」と妻が送信する。
メロンパンね。と僕が返信した。
父と違うのは、妻を純粋に愛していることだと思う。家族を大事にしなかったとみえた、父とは違うともう一度言い聞かせる。
「函館のクリームメロンパンでもいいの」「特選がいいんだけど」
苦笑する妻の顔を想像しながら、鼻歌交じりに買い物へ。
仕事をさぼって、家族のだんらんを想像する。
何もかもは、これからの僕次第。父の人生は、父の人生。僕の人生は、妻と共に歩む人生。
何かが間違っているようで、一方でそれでいいやという気もした。
今はただ、妻だけは不幸にしてはいけないという気持ちを強く持ち続けたいと思う。
それは父も、もしかしたら、同じだったのかもしれないけれども。
終わり
サンキュ!サッポロ
ふと思えば、札幌に移住してから今月で、5年目?になる。
いろいろあったなぁ。
震災の翌年、岩手から飛び出して。
あっという間だったな。
今では、ここにいることに対して反対する人はいないけど、5年前は、誰もが移住を反対してた。無理だろうって。
でも、まだ札幌にいます。
離婚を経験して、仕事も何度か変えて、再婚して、引っ越したりして。
街に馴染んで来た自分が少し可笑しかったりします。
完全には馴染んではいないけれども、ね。
短い青信号。5分置きに走る地下鉄。人の往来の激しい大通り。
花巻には一つしかなかったデパートがたくさんある。
新鮮だったことがそうじゃなくなって、いつか自分の街みたいに思える。
それは理想です。
現実は、どこか異邦人の顔で生きています。
反対していた人たちの多くは、どうせ何年かで帰ってくるに違いないとか、絶対、何かで失敗するとか言ってました。
確かに失敗は何度もあった。
けど、それ以上に得たものもある。
よく、空白の何年。なんて言い方して寂しくなることあるけど、僕には、それがないかな。
必ず何か得ながら進んできたという自覚があります。
無駄だったーって思うこともあるけど、でも、結局転んでもただでは起きない性格なんでしょう。
これからもよろしく、札幌。これからも愛してるよ、みんな。家族にアイラブユー。それでも応援してくれるようになった故郷にもサンキュ。
さて、腕馴らしもここまで。
今日の計画を建てよう!
雨の日
空からバケツをひっくり返したような雨の日でした。
街路樹の小脇には小さな、ちょうど1メートルもないでしょうか、それくらいの大きさの薄黒く汚れた、白っぽい小箱が忘れられてしまっているかのように置かれていました。
道行く人々は傘を被り家路を急いでいます。
雨音はしとしとから垂れ音に変わり、強まっていることが明らかです。
小箱の屋根にも雨は容赦なくたたきつけて、たいへん、音が響きます。
よく目を凝らさないと気づかないかもしれません。
小箱の中には外を覗き見る目のようなものがちらちらしています。外を気にしています。
何か入っているのです。
しかし、街の人々は、何が入っているのか気づいても、誰も気にも留めません。連れて帰ってあげるわけにはいかないからです。
「ママ、あれ何?」雨合羽を着た子供が立ち止まります。
「見ちゃいけません、止まってはだめよ」
もうそんなやりとりは幾度となく立ち止まっては通り過ぎの繰り返しでした。
くぅん。時々、鳴き声が聞こえます。きっとお腹が減っているのかもしれませんね。
雨は止みません。
その夕暮れから2日前のことでした。
ある小さなアパートの小さな部屋、小さな家族の中での出来事です。
「がんばって、がんばって、がんばって、いい仔を産むのよ」
その部屋の住人でしょうか、女性がお腹を大きくし横たわり息も絶え絶えに苦しがっているメスのお母さん犬に声をかけていました。
「ママ、子犬は、何匹産まれるの?産まれたら名前をつけてもいい?」
そう言ったのは、さっきの女性の娘かもしれません。幼稚園児くらいの女の子でした。
「いいわよ、ほらがんばってがんばって」
母親犬がきゃんと吠えると同時に、お腹の中から子犬が1匹、1匹と2匹出てきました。
「やったぁ、子供が産まれたー」
女の子が喜びます。女性はお母さん犬の頭をなでてあげています。
お母さん犬は疲れて眠たそうな眼を開けながら、産まれたばかりの子犬の頭を、何度も何度もなめてあげていました。
産まれたばかりの子犬はきゃんとも吠えずにころころと転がっていました。
そのうち落ち着きだして、お母さん犬のおっぱいに小さな口で吸いつき始めました。
「ママ、可愛いね」
どうやら、女性は女の子のお母さんのようです。
「うん、そうだね。大事に育てようね、名前は考えたの?」
「この仔は、コロ。この仔は、えっと・・・」
女の子が名前を考えているとき、突然、ドアを叩く音と、チャイムが鳴りました。
「あ、パパだ」
お父さんの帰宅のようでした。
お母さんは手早くお産に使ったタオルと、子犬を抱き上げて、玄関にイソイソとスリッパを鳴らしました。
ドアノブの鍵を開けて、パパを迎え入れます。
「お帰りなさい。見て、こんなに可愛い子犬が産まれたの。加奈ちゃんも喜んでるわ。ね、カナ」
「うん」
加奈ちゃんはありったけの喜びで頷きました。
パパは子犬を見て、ふんと鼻を鳴らすと、カバンを子犬を抱き上げているママに素早く手渡し、矢継ぎ早にこう言いました。
「子犬は近いうちに、保健所へ。どうやってうちみたいな小さなアパートで3匹育てるんだ?」
お母さんは子犬をお母さん犬に返して、カバンを抱えました。小走りで歩くパパの背中をママが追いかけます。加奈ちゃんは、「あなたはコロ、あなたは・・・」
「だって、飼い主が見つかるまで預かってもいいってあなたが仰って」
「冗談に決まっているだろう。飼えるわけないじゃないか。2匹とも一週間以内には保健所だ」
「無理です。加奈が悲しみます」
「お前ができなければ、俺がやる」
パパはネクタイを外し、ふちの無い眼鏡を外すと加奈ちゃんを抱き上げこう言いました。
「仔犬は1匹しか、飼えないんだ加奈。どちらかに選びなさい。もう1匹はパパが飼い主を探してきてあげるから」
「えぇ、でも・・・」
ママは無言でパパの脱いだ靴下やネクタイ、背広などを片付けています。加奈ちゃんがママに視線を移してもママは見てくれません。
「じゃぁ、コロ・・・」
「わかった。加奈は賢いな。もう1匹はパパが責任をもって飼ってもらう人を、な」
その翌週、コロとその兄妹は離されて、名づけられ損ねたほうが小箱に入れられました。
雨の日でした。外はざぁざぁ雨。お父さんは帰宅すると小箱を抱えて傘を被り、
「行ってくるよ」と小さなアパートを後にしました。
お母さん犬はそれを見つめているきりでした。
「お前が悪いんじゃない。俺が悪い。産まれてきたお前に罪はない。それはわかっている。だからお前には生きてほしい。自分の運を信じて生きてほしい」
パパはそう独り言を呟きながらとぼとぼと傘を片手に小箱を抱えながら歩き、信号をいくつか曲り、やがて緑とベンチとトイレのある公園近くの街路樹の下に小箱を置きもう一度、
「恨むなら俺を恨んでくれ」
と言い残して、小箱のふたを開けて雨の中を引き返して行きました。
それから何時間経ったでしょうか。やがて雨が止みました。小箱から子犬は外へでて、初めて日の目を見たのです。まだよちよち歩きながら。
そして空を見上げると、白い入道雲がもくもくとたちあがっていました。スクランブルには幾重の人々。多くの人がこの小さな犬を見ては、「可哀想ね」或は「汚いわね」というきり、通り過ぎていきます。
街路樹は夏風に揺られて涼しげです。子犬が眩しくて目を閉じた時、小箱の近くに誰かが立ち止まった足音がしました。
「君、どこから来たの?」
子犬が見上げるとそこには、髪の長い優しそうな女性が立っていました。
もう一度、くぅんと鳴いてみます。お腹が減っているのです。
「君、お腹が減っているの?」
くぅん。
「よし、連れて帰ってあげる。そうね、名前が必要ね・・君の名前は・・・9くん」
くぅん。
「9くん、私の名前は、なな。ななっていうの。よく覚えておいてね。よろしく、9くん」
くぅん。
長かった雨の夜。授難の運命。スクランブルの人々。決して冷酷ではなかったパパ。そして優しい人との出会い。
まだ梅雨上がらない、決して快晴とはいえない日のできごとでした。
そして夏というには雨の多い、そんな夕暮れ時のできごとでした。
それは季節の出会いによる、新しい時間の始まりのようでした。
終わり